「都市はツリーではない」の単位は、外部から切り離されても働ける自給自足の部分ではない。 要素が協働して一つの働きを生むシステムのうち、比較的変化せず、その働きを物理的に受け止める部分が単位になる。
アレグザンダーは、単位のまとまりが、内部の要素を結びつける力と、その単位を含むより大きな生きたシステムの働きの両方から生じると説明する。 たとえば薬局前の新聞販売機は、それだけで都市から独立しているから単位になるのではない。 薬局の入口との関係と、信号を待つ人や歩道との関係の両方に参加することで、認識できるまとまりになる。
したがって、この性質を「自律性」と呼ぶなら、外部への非依存ではなく局所的な全体性を意味する。 一つの単位はそれ自体として認識できるが、同時に複数の大きな全体の一部でもある。 セミラチスが保持するのは、独立した部分の集合ではなく、この複数所属である。
この見方は、形の構成要素を上位には単位として、下位にはパターンとして捉える考えにもつながる。 どちらの場合も、部分は閉じた部品ではなく、それ自体でまとまりを持ちながら、より大きな関係の中で働く。
一方、ボトムアップな生成でいう自律性は、住民や利用者が局所的な判断を担うという生成主体の自律性である。 単位の局所的な全体性と、生成主体の自律性は区別する必要がある。
https://www.patternlanguage.com/archive/cityisnotatree.html
https://www.patternlanguage.com/archive/timeless.html
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