利用者試験をしていない画面から、「改善後では発見率が何ポイント上がる」と事実として述べることはできない。しかし、だからといって、発見可能性について比較できないわけではない。画面がユーザーへ与える手掛かりと、正しい操作に至るまでユーザーが補う推論を比較すれば、どちらが発見を支えやすいかという予測を根拠付きで述べられる。
比較するときは、同じ目的を達成するまでの認知上の手続きを書き出す。ユーザーは現在の状態を理解し、次に行える操作を見つけ、複数の操作から目的に合うものを選ぶ。改善によって、この途中にある「説明文から操作対象を対応づける」「二つのボタンのどちらが主操作かを推測する」「視線を前の位置へ戻す」といった手続きを減らせるなら、正しい操作の発見に必要な推論が減っている。
資料の発券画面では、改善前について、余分な説明、主操作の不明瞭さ、認識したい順番との逆転が指摘されている。改善後では、確認する金額がまとまり、その後に発券操作が置かれ、取消より発券が強調されている。つまり、情報の意味、視覚的な強弱、操作の順序がいずれも同じ次の操作を指す。ユーザーが知らない部分を推測して埋める余地が減るため、改善後のほうが発見可能性は高いという予測に筋が通る。
この説明が主張するのは「全ユーザーが必ず速く操作できる」ではない。実際の発見率は対象ユーザーと状況に依存するため、必要なら利用者試験で確かめる。日常的な設計判断では、必要な推論が減り、手掛かり同士の食い違いがなくなり、副次操作を見つける能力も損ねていないなら、改善仮説として採用できる。影響が大きい変更、比較が拮抗する変更、設計者間で予測が割れる変更にだけ測定の費用を払えばよい。
したがって、「何をすればよいかが一目でわかる」だけで説明を終えると、判断者の直感を言い換えただけになってしまう。「正しい操作を指す手掛かりが複数の表現で一致し、ユーザーが補う推論が減った」と機構まで述べることで、測定前の判断として検討できる説明になる。
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